美旗古墳群

 名張川支流小波田川上流右岸に広がる標高200メートルの大地に位置する古墳群で、古墳時代の前期から後期に築造されました。
 馬塚、女良塚、殿塚、毘沙門塚、貴人塚の5基の前方後円墳の他、方墳の小塚と円墳の赤井塚があります。

美旗古墳群

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美旗市民センター

歴史資料室には、美旗地区が一目で分かる地形模型のほか、
女良塚古墳出土の家形埴輪や新田開発文書、日時計など、美旗地区の歴史を物語る資料が展示されています。

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なばりの昔話 〜美旗古墳の伝説〜

 

イメージ写真

昔々、美濃国(岐阜県の南部)の土岐氏の奥方様がな、
大和の長谷観音にお参りしての帰り道のことやった。
小波田あたりで奥方様の乗った馬が突然、
前足を上げ暴れだしたんじゃ。
そばにおった家来たちが暴れる馬を押さえようしたんじゃが、
どうしてもしずまらんかった。
奥方様は血の気を失い、しがみついているのが精一杯。
ついには振り落されてしもうてな。地面にたたきつけられたんじゃ。
それに馬は奥方様にかみついて、はなさんかったやと。
驚いた家来は、刀で馬を切り殺してしもたそうじゃ⋯。
ところが、奥方様もそのまま死んでしもうたんや。
家来たちは、そのまま美濃国へ帰るわけにもいかず、
その場で自害してしもうたそうや。
村人たちは、高貴な人たちの思いがけない死を哀れんで、
立派な墓を作るっていうことになったんやと。
それで馬をうめた墓を「馬塚」、奥方様を埋めた墓を「女郎塚」、
男女の家来たちを埋めた墓を「殿塚」「貴人塚」というてな、
持っていた宝物を埋めた所を「玉塚」、持っていた仏の
毘沙門天を埋めた所を「毘沙門塚」と呼んでな、
今でも伝わっているんじゃ。
「小塚」は奥方様の子を埋めた墓ともいわれてるんじゃ⋯。